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河北で明代の石の重り発見 400年前の塩業の繁栄示す
jp.xinhuanet.com | 発表時間 2018-03-09 14:58:50 | 新華社 | 編集: 王珊寧

  【新華社石家荘3月9日】河北省黄驊市斉家務郷同居村の農民2人がこのほど、それぞれが保有していた明代の石製の重り「石権」を黄驊市博物館に寄贈した。黄驊市で古代の石権が正式に発見されたのは初めて。400年前の現地での塩業の繁栄を示す品となった。

  石権は大小2つ見つかり、いずれも底面から上に行くほど小さくなる円錐台形。上部には秤量貨幣「銀錠」の形の造形が施され、よく見られる分銅の形状に似ている。石灰石で作られている。大きい方は底面の直径24センチメートル、上面の直径21センチメートル、高さ21・5センチメートル、重さ21・5キログラム。小さい方は底面の直径22センチメートル、上部の直径19センチメートル、高さ20センチメートル、重さ17キログラム。

  黄驊市博物館の職員によると、「権」は古代中国の重さをはかる道具の一つ。塩は用いる量が多く重いため、大きな秤で量る必要があるが、銅や鉄でできた大型の権は高い上、塩で腐食しやすく、重さをはかる際に誤差が生じるため、石製の権が作られた。2つの石権の形状の特徴からは、明代後期に製作されたものと初期的に判断された。

  同博物館の張宝剛館長によると、20キロある石権を用いてはかられていた貨物は100キロを超えていたと考えられ、当時の塩業の生産や貿易の繁栄がうかがわれる。明代後期の黄驊地区での塩業の歴史と経済社会の発展を研究するのに重要な意味を持つ発見と言える。

  話によると、黄驊市は「長芦塩」の主要生産地の一つで、長い塩業の歴史を持つ。石権の発見地である斉家務郷同居村は、明代に長芦塩運司が2番目の製塩場を管理する役所が置かれ、塩の生産と販売が盛んに行われていた。

 

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新華網日本語 2018-03-09 14:58:50

  【新華社石家荘3月9日】河北省黄驊市斉家務郷同居村の農民2人がこのほど、それぞれが保有していた明代の石製の重り「石権」を黄驊市博物館に寄贈した。黄驊市で古代の石権が正式に発見されたのは初めて。400年前の現地での塩業の繁栄を示す品となった。

  石権は大小2つ見つかり、いずれも底面から上に行くほど小さくなる円錐台形。上部には秤量貨幣「銀錠」の形の造形が施され、よく見られる分銅の形状に似ている。石灰石で作られている。大きい方は底面の直径24センチメートル、上面の直径21センチメートル、高さ21・5センチメートル、重さ21・5キログラム。小さい方は底面の直径22センチメートル、上部の直径19センチメートル、高さ20センチメートル、重さ17キログラム。

  黄驊市博物館の職員によると、「権」は古代中国の重さをはかる道具の一つ。塩は用いる量が多く重いため、大きな秤で量る必要があるが、銅や鉄でできた大型の権は高い上、塩で腐食しやすく、重さをはかる際に誤差が生じるため、石製の権が作られた。2つの石権の形状の特徴からは、明代後期に製作されたものと初期的に判断された。

  同博物館の張宝剛館長によると、20キロある石権を用いてはかられていた貨物は100キロを超えていたと考えられ、当時の塩業の生産や貿易の繁栄がうかがわれる。明代後期の黄驊地区での塩業の歴史と経済社会の発展を研究するのに重要な意味を持つ発見と言える。

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