新華網北京12月9日(新華社記者/馮武勇)今年12月7日は第二次世界大戦における真珠湾事件から75年を迎える。75年前に日本軍から奇襲を受けた後、「真珠湾を忘れるな」は米国の上層から下層までが心を一つにして団結し、日本のファシズムに勇敢に対抗した戦闘のスローガンになった。
日米政府は5日、日本の安倍首相が12月26日と27日に真珠湾を訪問することを確認した。その日に安倍首相は米国のオバマ大統領と共に、ハワイ州にある米国海軍基地の真珠湾を訪問し、日本軍の攻撃で犠牲になった米国人の将校と兵士に追悼を捧げる。
安倍首相が真珠湾という歴史的意義と象徴としての色彩が濃厚な場所を選んだ最も奥深くに隠された動機は、「安倍カラー」の修正主義による第二次世界大戦史観を抱き合わせて売り込むことだ。侵略を一貫して否定する日本の歴史修正主義陣営から見みれば、日本の第二次世界大戦への参戦は1941年12月7日を境としている。日本の歴史教科書、特に右翼系教科書は、性急に概念をすり替え、第二次世界大戦を「太平洋戦争」、さらには「日米戦争」と記述している。
2015年元旦、日本の明仁天皇は恒例の新年の挨拶で、安倍内閣は基本となる正しい歴史認識を持つべきだと遠回しに示唆した。明仁天皇は日本は第二次世界大戦終結70周年の節目に「『満州事変』(即ち「九一八事変」)から始まる戦争の歴史を学ぶべきだ」と強調した。
日本メディアは2015年に米国議会での講演で真珠湾事件を提起した後、安倍内閣は「日本の首相が真珠湾を訪問する意義、象徴性及び(日米)和解の重要性」をいかにして対外的に伝えるかを終始、計算してきたと報じている。安倍首相の真珠湾訪問は、謝罪や罪を反省する意向はないと見られる。
このことは、安倍首相が真珠湾訪問に乗じて、第二次世界大戦を誤導した歴史観を弁明する情報をより詳しく発信することも表わしている。例えば、日本の第二次世界大戦における侵略戦争としての性質を「中立」の色彩を帯びた太平洋戦争に置き換える。世界の反ファシズム戦争における米国と日本の役割を「通常」の戦勝国と敗戦国に置き換える。いわゆる「日米和解」によって、日本軍国主義がアジア太平洋地域で放置している「歴史的和解」の重荷を軽減する。
安倍首相は祭壇への短い追悼によって、日米間のあの時代の歴史的なわだかまりを解くことで、米国人に「真珠湾を忘れるな」のスローガンを忘れさせると同時に、第二次世界大戦後に米国が日本の憲法、政治、軍事などを全面的に改造するために重ねた並大抵ではない苦心を日本人に忘れさせようとしていることは明白だ。真珠湾で亡くなった兵士は、彼らが犠牲になった場所が75年後に日本の政治家が歴史修正主義を吹聴する舞台になり果て、彼らの生命の犠牲が軍事的色彩が濃厚な同盟関係の強化に利用されていると知ったならば、どんなふうに感じるだろうか。
(新華社より)
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