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『対立から共生へ 小松昭夫の「和の文化」の 理念と実践』出版記念会が北京で開催され
jp.xinhuanet.com | 発表時間 2015-12-17 10:45:04 | 新華網日本語 | 編集: 王珊寧

『対立から共生へ 小松昭夫の「和の文化」の 理念と実践』出版記念会の現場

  【新華社北京12月17日】12月15日の午後、『対立から共生へ 小松昭夫の「和の文化」の 理念と実践』出版記念会が北京で開催された。

  『対立から共生へ』という本が元日本駐在新華社記者で、現在、新華社世界問題研究センターの研究員である張可喜氏と日本・財団法人人間自然科学研究所理事の魏亜玲氏の編著で、学苑出版社から出版された。当書の著者は日本の著名な企業家、小松昭夫氏がこれまでに発表した文章や講演、小松昭夫氏へのメディア取材の関連記事及び著者が小松昭夫氏と交流して感じたことなどに対して総括を加えて整理し、小松昭夫氏と「和の文化」の理念及び20数年間にわたり各地で反戦平和活動を展開してきた功績について、系統的に紹介している。

  日本・小松電機産業株式会社の代表取締役小松昭夫氏、学苑出版社社長兼総編集長の孟白氏、当書の著者である張可喜氏及び魏亜玲氏といった中日各界の関係者60数人が出版記念会に出席した。記念会に出席したゲストは当書の出版を比較的高く評価し、また小松昭夫氏の平和理念や実践行動を肯定的に捉えた。

  魏亜玲氏の紹介によると、小松昭夫氏は日本・島根県の出身で、1973年に小松電機産業株式会社創設した。彼は平和を愛し、戦争に反対して、1994年に財団法人「人間自然科学研究所」を設立し、和譲精神を発揚し、戦後の責任を履行し、対立から共生へと向かっていく 「和の文化」の理念を宣伝した。長年に渡り、小松昭夫氏は世界各地の平和記念館を訪問し、また追悼、献花、「意向書」の読み上げ及び寄付などの活動を開催しており、その足取りは中国、韓国、ロシアなどのアジア隣国や複数の欧米諸国にまで及んでいる。小松昭夫氏は日本の訪中団を何度も組織し、北京の盧溝橋抗日戦争記念館、侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館、瀋陽九・一八事変歴史博物館、侵華日軍第731部隊遺跡や安重根義士記念館、海南島の日本軍に強制労働させられた犠牲者遺跡、及び台児荘大戦記念館などを訪問してきた。

  更に、小松昭夫氏は「戦後責任」論も提起している。彼は、「戦争責任は戦争を未然に防げなかった戦前責任、戦時責任そして戦後責任に分けることができる。いわゆる戦後責任とは、戦争へと向かったいきさつと背景、戦闘行為及び現代社会の問題を調査・研究し、またこのような成果を二度と戦争を発動せず、恒久平和を創造する資源とさせることだ」とみなしている。そして、小松昭夫氏は、日本軍がかつてアジア諸国を侵略して多大な犠牲をもたらしたが、日本はこれに対しまだ戦後責任を果たしていないと考えているという。

  張可喜氏は出版記念会で次のような見方を示した。小松昭夫氏の「戦後責任」論は歴史の流れに一致し、日本の歴史認識問題の解決のために正しい思考を与えている。「戦後責任」を履行し、「和の文化」の理念を実践してようやく、東アジア諸国に平和的共存、協力・ウィンウィンを実現させることができる。張可喜氏は出版記念会で『「和の文化研究会」の設立に関する提案書』を読み上げ、より多くの人々が小松昭夫氏の「和の文化」の精神を学習し、反戦平和行動に参与するよう呼びかけた。(記者/張一、王珊寧)

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『対立から共生へ 小松昭夫の「和の文化」の 理念と実践』出版記念会が北京で開催され

新華網日本語 2015-12-17 10:45:04

『対立から共生へ 小松昭夫の「和の文化」の 理念と実践』出版記念会の現場

  【新華社北京12月17日】12月15日の午後、『対立から共生へ 小松昭夫の「和の文化」の 理念と実践』出版記念会が北京で開催された。

  『対立から共生へ』という本が元日本駐在新華社記者で、現在、新華社世界問題研究センターの研究員である張可喜氏と日本・財団法人人間自然科学研究所理事の魏亜玲氏の編著で、学苑出版社から出版された。当書の著者は日本の著名な企業家、小松昭夫氏がこれまでに発表した文章や講演、小松昭夫氏へのメディア取材の関連記事及び著者が小松昭夫氏と交流して感じたことなどに対して総括を加えて整理し、小松昭夫氏と「和の文化」の理念及び20数年間にわたり各地で反戦平和活動を展開してきた功績について、系統的に紹介している。

  日本・小松電機産業株式会社の代表取締役小松昭夫氏、学苑出版社社長兼総編集長の孟白氏、当書の著者である張可喜氏及び魏亜玲氏といった中日各界の関係者60数人が出版記念会に出席した。記念会に出席したゲストは当書の出版を比較的高く評価し、また小松昭夫氏の平和理念や実践行動を肯定的に捉えた。

  魏亜玲氏の紹介によると、小松昭夫氏は日本・島根県の出身で、1973年に小松電機産業株式会社創設した。彼は平和を愛し、戦争に反対して、1994年に財団法人「人間自然科学研究所」を設立し、和譲精神を発揚し、戦後の責任を履行し、対立から共生へと向かっていく 「和の文化」の理念を宣伝した。長年に渡り、小松昭夫氏は世界各地の平和記念館を訪問し、また追悼、献花、「意向書」の読み上げ及び寄付などの活動を開催しており、その足取りは中国、韓国、ロシアなどのアジア隣国や複数の欧米諸国にまで及んでいる。小松昭夫氏は日本の訪中団を何度も組織し、北京の盧溝橋抗日戦争記念館、侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館、瀋陽九・一八事変歴史博物館、侵華日軍第731部隊遺跡や安重根義士記念館、海南島の日本軍に強制労働させられた犠牲者遺跡、及び台児荘大戦記念館などを訪問してきた。

  更に、小松昭夫氏は「戦後責任」論も提起している。彼は、「戦争責任は戦争を未然に防げなかった戦前責任、戦時責任そして戦後責任に分けることができる。いわゆる戦後責任とは、戦争へと向かったいきさつと背景、戦闘行為及び現代社会の問題を調査・研究し、またこのような成果を二度と戦争を発動せず、恒久平和を創造する資源とさせることだ」とみなしている。そして、小松昭夫氏は、日本軍がかつてアジア諸国を侵略して多大な犠牲をもたらしたが、日本はこれに対しまだ戦後責任を果たしていないと考えているという。

  張可喜氏は出版記念会で次のような見方を示した。小松昭夫氏の「戦後責任」論は歴史の流れに一致し、日本の歴史認識問題の解決のために正しい思考を与えている。「戦後責任」を履行し、「和の文化」の理念を実践してようやく、東アジア諸国に平和的共存、協力・ウィンウィンを実現させることができる。張可喜氏は出版記念会で『「和の文化研究会」の設立に関する提案書』を読み上げ、より多くの人々が小松昭夫氏の「和の文化」の精神を学習し、反戦平和行動に参与するよう呼びかけた。(記者/張一、王珊寧)

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