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「安倍談話」は、なぜ「安倍氏の談話」となったのか
jp.xinhuanet.com | 発表時間 2015-07-28 14:02:17 | 新華網日本語 | 編集: 薛天依

7月16日、日本東京の国会衆議院で、日本の安倍晋三首相(右)は新安保法案が通過した後、議員に感謝の意を表した様子。 新華社記者 馬平 撮

   【新華社北京7月28日】新華社クライアントの報道によると、第二次世界大戦が終結して50年後の1995年に、当時の日本の首相、社会党委員長の村山富市氏が発表した国会と内閣閣議の討論を経て決定した談話は、歴史的に「村山談話」と称されてきたという。

   「村山談話」には3つのポイントがある。第一に、戦争の性質に対し、「植民地支配と侵略」という定義を定めたこと。第二に、「痛切な反省」の意を表したこと。第三に「心からの謝罪」を表明したことだ。

   戦後60年にあたる2005年には、当時の日本の首相、自民党の総裁の小泉純一郎氏が「村山談話」の精神を全面的に継承し、「小泉談話」を発表している。

   2015年は第二次世界大戦終結70周年にあたり、現職の首相で、自民党総裁の安倍晋三氏も、本来なら談話を発表して、自身と前首相である村山氏や小泉氏との違いを示すつもりだ。

   20年前に国会議員に当選してから、安倍晋三首相は、自分は「村山談話」に対し「大変見方がある」と何度も公の場で表明してきた。首相になった後も、安倍晋三氏は、自分の内閣では「村山談話」をそのまま継承することはないと公の場で表明している。安倍晋三首相は、第二次世界大戦終結70年の際に、「村山談話」の内容を「全て省略」し、戦後日本の経済発展の業績を全面的に称える新しい談話を発表することを望んでいる。

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「安倍談話」は、なぜ「安倍氏の談話」となったのか

新華網日本語 2015-07-28 14:02:17

7月16日、日本東京の国会衆議院で、日本の安倍晋三首相(右)は新安保法案が通過した後、議員に感謝の意を表した様子。 新華社記者 馬平 撮

   【新華社北京7月28日】新華社クライアントの報道によると、第二次世界大戦が終結して50年後の1995年に、当時の日本の首相、社会党委員長の村山富市氏が発表した国会と内閣閣議の討論を経て決定した談話は、歴史的に「村山談話」と称されてきたという。

   「村山談話」には3つのポイントがある。第一に、戦争の性質に対し、「植民地支配と侵略」という定義を定めたこと。第二に、「痛切な反省」の意を表したこと。第三に「心からの謝罪」を表明したことだ。

   戦後60年にあたる2005年には、当時の日本の首相、自民党の総裁の小泉純一郎氏が「村山談話」の精神を全面的に継承し、「小泉談話」を発表している。

   2015年は第二次世界大戦終結70周年にあたり、現職の首相で、自民党総裁の安倍晋三氏も、本来なら談話を発表して、自身と前首相である村山氏や小泉氏との違いを示すつもりだ。

   20年前に国会議員に当選してから、安倍晋三首相は、自分は「村山談話」に対し「大変見方がある」と何度も公の場で表明してきた。首相になった後も、安倍晋三氏は、自分の内閣では「村山談話」をそのまま継承することはないと公の場で表明している。安倍晋三首相は、第二次世界大戦終結70年の際に、「村山談話」の内容を「全て省略」し、戦後日本の経済発展の業績を全面的に称える新しい談話を発表することを望んでいる。

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