米国人女性Debrah Roundy(中国名:荣黛佳)さんが中国の女性たちと一緒に広場ダンスを楽しんでいる動画がこのほど、人々の注目の的となり、熱い議論を巻き起こした。Roundryさんは今から5年前、米国から中国に移り住んだ。言葉が通じないことや飲食習慣の違いなどから、彼女は極めて大きな生活上のストレスに悩まされた。だが、ほどなくして彼女は、上海という大都市に溶け込む最良の方法の一つである「広場舞」との出会いに恵まれた。外国人教師であるRoundryさんは、地下鉄に乗って上海の半分以上の距離を移動して最初に広場ダンスと出会った広場に通い、中国人の「姉妹」たちと広場ダンスを楽しむ生活を続けている。「米国のホームタウンにも広場がある。もし米国に戻って生活する機会があれば、広場ダンスを米国に持ち帰り、故郷の人々と共に楽しみたい」と彼女は話している。北京青年報が伝えた。
上海という大都市に溶け込む最良の方法の一つである「広場ダンス」との出会いに恵まれた。Roundyさんはそれまでに、30年間クラシックバレエを教えてきた経験があった。そのため、彼女は広場ダンスを観て大変喜んだ。広場ダンスチームの陳清■(■は女へんに夷)リーダーは、「言葉が通じなくても、見よう見まねで踊れば、互いにコミュニケーションが取れる。このようにして、Roundryさんは首尾よく、天平コミュニティ夕焼け広場ダンスチームの新メンバーとなることができた」と説明した。
Roundryさんは、広場ダンスの仲間との日常のやり取りで、Eメールを使うことが多いが、翻訳ソフトを使って言葉の問題を解決している。だが、広場ダンスを踊る時には、書面上の文字という仲介が存在しないため、身振り手振りで他のメンバーに踊りを教えている。さらに、クラシックバレエや米国の故郷のダンスなどの要素も広場ダンスに取り入れている。中国と欧米との生活経験や考え方の違いから、Roundyさんと他のメンバーたちとの間で対立が起こることは、どうしても避けられない。陳リーダーは、「我々中国人の踊りと外国人の踊りは異なり、私たちは4つの方向に動く。Roundyさんが広場ダンスに参加した当初、このやり方に慣れていなかった。というのも、外国の踊りは、私たちのように360度全方位に動くことはないからだ。私たちは、1 2 3 4のリズムを使って彼女に教えた。彼女はとても熱心にそのリズムの習得に取り組んだ」と当時の様子を振り返った。
また、陳リーダーは、「毎年夏になると、Roundryさんは米国の故郷に里帰りするが、その時広場ダンスも一緒に持ち帰る。中国の踊りを故郷の人々に披露して、『これが中国で学んだダンスだ』と紹介しているようだ」と続けた。
同じく広場ダンスの仲間の一人、楊さんは、「Roundryさんは、太極拳、剣舞、扇舞が大好きだ。どの踊りにも大変真面目に取り組んでいる。最初は、なかなか上手くできず、『やり直し』と言って、私たちに繰り返し教えを乞い、私たちも楽しみながら彼女に教えた」と話した。
Roundryさんは、中国に移り住んだ後、上海交通大学で2年間教鞭をとった後、同済大学に移って外国人教師として働いている。赴任先の大学は一度変わったが、彼女は相変わらず、地下鉄で上海の半分以上の距離を移動して、最初に広場ダンスと出会った広場に通い、広場ダンスを楽しんでいる。ここには、彼女のかけがえのない仲間がいるからだ。
65歳になったRoundryさんは、大学で教え、ダンスを踊る以外にも、早起きして地下鉄に乗って車内で学生の宿題を添削し、ボランティア活動に励み、友人の子供の家庭教師を担当し、コミュニティで高齢者に英語を教えるなど、スケジュールが詰まった忙しい日々を送っている。日々の貴重な時間を少しでも浪費したくないと彼女は話す。徐匯区天平コミュニティ ボランティアサービス隊の一員である彼女は、「2014-2015年度上海市優秀ボランティア」にも選出された。
(人民網日本語版)
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