1934年1月のある夜、「思想警察」が西川さんとその妻を逮捕した。その原因はあの無神論者の協会が共産主義組織だと疑われたことにある。
西川さんは「(警察は)棒で私を殴り、また何度もろうそくに火を点けて私の鼻の下に置き、燃やしました。」数十年がすでに過ぎ去っても、西川さんの顔の傷跡は依然としてはっきりと見ることができる。「思想警察」は女性容疑者へのセクハラでも悪評が高く、西川さんの妻は彼より早い時期に無罪で釈放されたが、西川さんは、「彼女がきっと恐ろしい日々を経験した」と信じている。
逮捕されてから、西川さんはもう一箇所の「思想警察」署に移され、1年間閉じ込められて、その後すぐに2年の監禁、執行猶予3年の判決が下された。西川さんは釈放されてから大阪に戻って商売をしたが、社会主義の宣伝用パンフレットを1部所有していたことから再び2年間入獄した。
西川さんは、日本の憲兵隊と「思想警察」は『治安維持法』に基づいて公共の秩序を厳しく監視し、また日本の戦争行為に疑問を持つ人々を逮捕し、「日本の前途に失望した人々は自殺的任務の参加へ送り出され」ており、第二次世界大戦中の生活は実に「バカげていて、ひどい」ものだったと述べている。
『治安維持法』は最終的には1945年10月、すなわち日本の敗戦・降伏の2カ月後に廃止されている。
(新華網日本語)
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