船体舷側に残る「経」と「遠」の文字。(資料写真)(北京=新華社配信/国家文物局水中文化遺産保護センター提供)
【新華社北京9月24日】中国国家文物局の水中文化遺産保護センターと遼寧省文物考古研究所、大連市文物考古研究所による合同チームは今年7~9月、遼寧省大連市の荘河市沖合で水中考古調査を行い、中日甲午戦争の甲午海戦(黄海海戦)で沈没した清朝北洋水師(北洋艦隊)の軍艦(装甲巡洋艦)「経遠」を発見した。防護巡洋艦「致遠」の発見に続き、中国の甲午海戦遺跡の水中考古活動で新たな重大成果が得られた。
「経遠」はドイツのヴルカン造船所で建造され、1887年末に「致遠」の僚艦として北洋水師に就役した。有名な将軍鄧世昌と林永升が両艦の管帯(艦長)を務めた。1894年9月、中日甲午海戦が黄海北部の大東溝海域でぼっ発し、北洋水師が敗れ、軍艦4隻を失った。「経遠」は日本の軍艦4隻から包囲攻撃を受けたが、全艦の将兵は強敵を恐れず、沈没するまで勇敢に応戦した。生存者はわずか16人で、林永升艦長はじめ将兵200人余りが国のために命を捧げた。