爆撃によって破壊された重慶大学の建物。(資料写真)
中華民族は1945年9月3日に抗日戦争「勝利の日」を迎えた。戦争期間中、重慶市は戦時下における首都として、政治、軍事、経済、文化などの面で極めて重要な戦略的地位を有した。
「中国の抗戦の意志を徹底的にたたきつぶす」ため、中国侵略日本軍は1938年2月から1944年12月まで重慶市とその周辺地域に長期的な無差別爆撃を行い、重慶市民に空前の災禍をもたらした。
しかし、残酷な爆撃がこの都市をたたきつぶすことはなかった。爆撃期間中、重慶市民は生産と学習を堅持し、さまざまな形で活動を組織・展開、抗日戦争を支援した。
この一連の写真は抗日戦争中の重慶市の社会状況を記録しており、重慶市民の楽観的な抗日戦争の精神を示し、中国の戦時下における首都の様子を再現している。(新華社配信/「抗日戦争記憶」画集提供)
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