(左)寄贈資料を受け取る梅玮氏 (右)稲垣氏と握手を交わす秦華生館長
京劇の名優梅蘭芳氏(1894-1961)は、1919年 1924年 1956年の三回にわたって訪日公演し、中日の文化交流に不滅の功績を残しています。その初訪日から百周年にあたる2019年に、日本で一連の記念行事を行う企画が決まった矢先に、梅派の伝承人であり、末子の梅葆玖氏が、惜しくもこの4月26日に82歳でこの世を去りました。ひ孫の梅玮さんはこれについて、百周年記念計画は予定通りに行い、稲垣氏から寄贈された資料もその一部として有効利用すると語りました。
なお、写真家、現代表装の専門家としても知られる稲垣氏は、1930年東京生まれ。1942年から1946年にかけて、両親と共に北京で少年時代の4年間を過ごし、その期間、中国文化を深く愛する母親、書家稲垣黄鶴女史の影響を強く受けて育ちました。日本の敗戦で帰国後は、宝塚劇場での見習いを勤め、歌舞伎座の復活後は、同劇場の裏方スタッフとして勤務。少年期、北京滞在暦があるからと、1955年には大歌舞伎訪中団の舞台美術と大道具スタッフとして抜擢され、先遣隊として中国に入り、北京 上海 広州公演の全行程に参加。翌年の京劇の訪日公演でも、同じ担当で東京 大阪 京都 福岡の全日程に同行しました。
最後に、稲垣氏は、60年余り前の大歌舞伎と京劇の相互訪問の今日的意義をこう語ってくださいました。