衛根臣氏、1930年生まれ、1941年に夏県泗交抗日支隊に参加し、その後八路軍第120師359旅に入った。戦争中何回も負傷し、右目が失明した。老人は次のように述べた。10歳のとき父は日本侵略軍に殺され、母と妹は逃走中行方不明になった。その後彼は八路軍に参加して、日本侵略軍と戦った際、背中、顔は何回も怪我を受けたが、軍に入ることは一度も後悔したことがなかった。組み合わせ写真の左図は衛根臣氏の若いときの写真で(20世紀50年代の写真を複製した写真)、右図は山西省垣曲県林場村にある家にいた衛根臣さんが軍の敬礼をしている時の写真である。(2015年6月17日撮影)