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日本は戦争を記憶に刻み、侵略の罪行を忘れてはならない
jp.xinhuanet.com | 発表時間 2016-08-16 17:03:21 | 新華網 | 編集: 陳辰

日本记住战争不该忘记侵略罪行

8月15日是日本投降日。每年这天,日本都会举行大规模的“全国战殁者追悼仪式”,今年也不例外。

在日本,与二战相关的纪念活动还有不少,纪念战争的公园、博物馆、纪念碑等设施也有很多。表面上看,日本对战争从来不曾忘记,但事实上,在记住战争的背后,日本对战争的反省,特别是作为侵略者、加害者的反省却越来越少。

例如,日本首相安倍晋三在今年的“全国战殁者追悼仪式”上致辞时称,“绝不能重复战争的惨祸”。安倍这一表态看似是对战争的反思,但仔细研究一下他的致辞全文就会发现,致辞完全没有触及1994年以来日本历代首相必提的“加害责任”,也没有“反省”字样。事实上,自安倍2012年底再次出任日本首相以来,不提“加害”和“反省”已成为他历次战殁者追悼仪式致辞的惯例。

相比去年二战结束70周年纪念,今年“8·15”前夕日本舆论显得较为冷清,有关二战的主要报道集中在8月6日到10日,即广岛和长崎举行原子弹轰炸纪念仪式前后。

纵观多年来经常被提及的战争话题,日本舆论的关注焦点集中在战争中日本人遭遇的苦难经历,包括美军对日本本土进行大规模轰炸和对广岛、长崎投下原子弹,日军战俘在条件艰苦的苏联战俘营服劳役等等。相反,关于那场由日本发动的侵略战争给受害国人民所带来的悲惨遭遇,却被刻意淡化。

今年“8·15”前夕,日本学者崛田江理的新书《1941,没有决心的开战——现代日本的起源》销售火爆。该书对日本发动太平洋战争的原因做出新的解读,将日本走向战争归咎于当时的决策者缺乏“责任意识”,似乎换做明治维新时期那批有勇气、有谋略、有担当的决策者主政,也许日本能够避免走向悲惨的结局。然而,对于什么才是造成日本社会战争狂热情绪高涨的原因,作者并没有给予解答。

由此可见,不论日本政府和民间对战争的纪念,还是日本学者对战争的研究,都有很强的片面性,只是在舍本逐末。一味强调本国民众的痛苦经历,渲染悲情,将战争悲剧归咎于领导人个人素质和一些偶然因素,这不能称为反思,更谈不上反省。

日本不深刻思考发动侵略战争的真正原因,不忏悔犯下的战争罪行,避免战争悲剧的再次发生只能是一句空话。

日本は戦争を記憶に刻み、侵略の罪行を忘れてはならない

8月15日は日本が降伏した日だ。毎年この日に日本は大規模な「全国戦没者追悼式」を開催するが、今年も例外ではない。

日本で第二次世界大戦と関係する記念行事は少なくなく、戦争をテーマにした公園、博物館、記念碑などの施設も多い。表面的に見ると、日本は戦争を忘れていないように映るが、事実上、戦争の記憶の背後で、日本の戦争に対する反省、特に侵略者及び加害者としての反省がますます少なくなっている。

例えば、日本の安倍晋三首相は今年の「全国戦没者追悼式」で挨拶した際に、「戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願う。」と述べた。安倍首相のこの言葉は戦争への反省のように聞こえるが、詳細に分析すると、挨拶の全文は1994年以降に日本の歴代首相が必ず言及した「加害責任」に全く触れておらず、「反省」という表現もないことがわかる。事実上、安倍首相は2012年末に日本首相に再任した後、「加害」と「反省」を提起しないことが安倍首相の戦没者追悼式の挨拶の慣例になっている。

昨年の第二次世界大戦終戦70周年記念行事と比べて、今年の「8•15」前の日本の世論は盛り上がらなかった。第二次世界大戦関連の主な報道は8月6日と10日、即ち広島と長崎で開かれた原爆投下記念式典の前後に集中していた。

長年にわたり頻繁に提起された戦争の話題を総括すると、日本の世論の焦点は戦争中に日本人が体験した苦しく辛い経験に集中している。米軍による日本本土での大規模な空襲と広島、長崎への原爆投下、日本軍捕虜の過酷な条件のソ連戦争捕虜収容所での労働などが含まれる。これと対照的に、日本が発動した侵略戦争が被害国の人々にもたらした悲惨な危害については、故意に記憶を薄れさせている。

今年の「8•15」の前に、日本人学者の崛田江理氏の新書『1941決意なき開戦——現代日本の起源』がよく売れている。同書は日本が発動した太平洋戦争の原因を新たに解読し、日本が戦争に向かった原因は当時の策定者に「責任意識」が欠けていたことだと指摘する。明治維新時期の勇気があり、計略に長け、責任感があった策定者が政権を握っていれば、日本が悲惨な結末を迎えるのを回避できたかもしれない。しかしながら、一体何が日本社会の戦争への熱狂的な情緒を高ぶらせる原因になったのかについて、筆者は答えていない。

このことから、日本政府と民間の戦争への記念にしても、日本人学者の戦争研究にしても、偏りが強く、本末転倒でしかない。本国の民衆の苦痛に満ちた経験をひたすら強調し、悲惨さを伝播し、戦争の悲劇を指導者個人の資質と一部の偶然の要因と結論付けているが、これは反省とは言えず、反省とほど遠い。

日本が侵略戦争を発動した真の原因を深刻に思考しておらず、犯した戦争の罪行を懺悔することなく、戦争の悲劇が再び繰り返されないようにすることは空論に過ぎない。(翻訳/新華網日本語)

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